::BGP001 シャーシの秘密 2009/06/30

3DCGを作り続けるのは、物の形の意味を考えるため。物の形から見えてくる機能という観点で、F1のマシンを分析してみる。F1の現有する技術や、F1マシン設計者の技能、特徴から推測するのとは、分析結果が異なる場合が多々あると思う。



「ダブル・ディフェーザー・・3段ロケット?」

ダブル・ディフェーザーとか2階建てディフェーザーと呼ばれているが、見た目はそうであっても、純粋なディフェーザー+何か の複合体であって、ディフェーザーが2段になっている訳ではない。2008年型までは、ディフェーザーは、リアの車軸より前にあったが、2009年からは、リアの車軸からフロントの車軸前数十センチまでの間に、空力に関するパーツを配置できなくなったため、ディフェーザーはリア車軸の後方に位置するようになった。そのため、後方から容易に形状を見ることができる。

2階部分は、シャーシ下を流れる流体(空気)を何らかの方法で取り込んでいるのではないのでディフェーザーではない。


定かではないが、ギアボックスのデフ横に散り入れ口の穴が空いているだろう。



2009年からは、リアのウィングが小さくなり位置的にも高くなっている。小さくなればダウン・フォースが減るし、高くなった事で、ボディーワークによって気流を集め、リア・ウィングに供給することも出来なくなった。



仮に、旧来のリア・ウィングに当る気流と同じ断面積の気流を集めて、上方に吹き上げた場合、同じくらいのダウン・フォースは得られるだろうか?まずは、集めることに問題があるだろう。ロート状の部品をつけて気流を集めようとした場合、車速があるので、ある程度は、ロート内の圧力は上がるだろうが、ロート前面に出来る圧力差の壁が出来て、気流は逃げていってしまう。圧力が上がらなければ、噴射速度は期待できないので、効果は低いだろうし、空気抵抗だけが大きくなってしまう。(マッハ以上のスピードがあればラム・ジェットのように圧縮装置無しで大気を集めることは可能だろうが・・・)



ましてや、ロート状の部品が、マシンに付いていれば、それだけで規定違反になってしまうだろう。



F1のマシンを見ていて、ラジエーターへの空気取り込み口が、ジェット機のインテークみたいだと思った人はいるだろうか?仮に、ラジエーターを通過し、エンジン、エキゾーストで高温になった空気を、エンジンカウルで絞込み外部圧縮させる事は、可能だろうか? 
可能ではあっても、エンジンカウル自体が、空気抵抗を減らすバーツなので、カウル内は通常、空気抵抗を減らす処置など施されていない。が、カウル内の空気抵抗を減らす処置を施せば、不可能ではない。だた、そんな事をしても、エンジンカウルは、ギア・ボックス横、リア・サスペンション部分が開いているので漫然と熱い空気が出てしまうだけだろう。



ここでディフェーザーの2階部分が意味を持ってくる。ボディー・カウルとディフェーザーの2階部分は直接繋がってはいない。何もしなければディフェーザーの2階部分を熱い空気が通過することは無い。ただ、ボディー側面の気流をボディーワークで、ギア・ボックス方向に誘導し、さらに、ボディー上方の気流をボディーワークで、ギア・ボックス上方に吹き降ろさせると、熱い空気の逃げ道は、マシン後方にはなるが、自らディフェーザーの2階部分に入ってくれる事は期待できない。

ここで、ディフェーザーと同居している事が役に立つ。ディフェーザーはマシン下を流れる気流を吸い出して流速を早めるための部品だ。その部品に食い込むように位置するディフェーザーの2階部分の空気も、釣られて吸引される。ディフェーザーの吸引力をスターターとして使用する事で、空気の流れが起こる。一度空気の流れが起きれば、ギア・ボックス付近に集められた熱い空気は、逃げ場を見つけて流れ込み、ディフェーザーの2階部分の形状に合わせて跳ね上げられる。元々、高温の空気なので、エネルギーは高く、自ら上昇する力を持っている。この方向性を持った高気圧(?)に引かれるように、ディフェーザーの吸引力も増してくる訳だ。マシンカウルとディフェーザーの2階部分には、構造的な連続がないため合法となる。大気の壁とか、ディフェーザーの吸引力は、目に見えないが、そこにはマシンカウルとディフェーザーの2階部分を繋ぐ見えない導風管が存在している。

レッドブルのマシンも同じような考え方だが、収束されて跳ね上げる出口が無いため、ディフェーザーの上昇気流にぶち当てる方法をとっているが、効率は悪いはずだ。もう1つレッドブルのマシンは、低重心化と、ボディー上方の気流をディフェーザー部分に誘導させるために、ギア・ボックスを低いものにした。このため、ディフェーザーの2階部分を付けても、ギア・ボックスが邪魔をするので、効率良くディフェーザーの2階部分に熱い空気を誘導する事ができない。



BGP001には、ホンダが開発したコンパクトなギア・ボックスが付いている。このギア・ボックスにも、ディフェーザーの2階部分へ空気を誘導するための外面の処置がされているはずだ。ホンダが撤退し、メルセデスのエンジンを積む事になっても、ギア・ボックスはホンダ製を選んだのには、そういった理由があると思われる。



前回のフロント・ウィング編で、”禁止された3次元ウィングを規定に合う別の形で作り出した”と分析したのと同じように、リア・ウィングが小さくなって不足したダウン・フォースを、ウィングレット等のウィング形状を用いずに別の形で、実現したもの、つまり仮想ウィングということだ。効果は、ラップ当り、0.01秒かも知れない。それでも、ロス・ブラウンならば採用したであろう。



「低重心化によるメカニカル・グリップの向上」



ロス・ブラウンは、徹底的な低重心化を指示したと思われる。2つ程、見た目で判る違いがある。1つは、ブレーキ・キャリパーをディスク下位置に変えた事だ。マクラーレン等は前からやっている。レッドブルもやっているだろう。もう1つは、フロント部分の重量物である。ステアリング・ユニットを下げている。昔のF1マシンは、ステアリングロッドは、上部サスペンション・アームと同じ高さにあった。サスペンション・アームやステアリングロッドさえも空力パーツとして使っていた2008年までは、ステアリングロッドは上下サスペンション・アームの中間部分に位置していた。サスペンション・アームやステアリングロッドを空力パーツとして使用できなくなった2009年マシンでは、空力パーツから一転して、空気抵抗になってしまうので、サスペンション・アームの陰に隠す方が良い。ただ、このような地道な処理を行ったのはブラウンGPだけであった。さらに、低重心化の為に、ロアーアーム位置まで下げたのである。



低重心化を狙っているかどうか?は、シーズン前のバトンのインタビューである程度わかる。「最初はこのエンジン(メルセデス製)を積む予定ではなかったので、我々(のマシン)が狙っていた部分(?)を実現するのが難しくなった。」遠回しな表現で、判り難いが、エンジンの差で空力が関係するとは思えないので、メルセデス・エンジンがホンダ・エンジンより重心が高いか、もしくはエンジン出力軸位置が、メルセデスの方が高い位置にあり、ギア・ボックスが下げられなかったのどちらかだ。シーズン前のテストで好調だった時のコメントとしては、ネガディブなコメントである。ホンダエンジン込みで開発されていた訳だから、トータル・ユニットとしては、もっと良かったという事だろうか。



「その他の空力の秘密」



最近のブルツのコメントで、ホンダは、3つの異なる空力パッケージを同時に開発していたらしい。その中には、今年流行のハイ・ノーズも含まれていたと思われるが、比較の結果、何らかの理由で却下されたのだろう。また、BGP001は最も高額なマシンであり、かつ最も低いランニングコストのマシンだと言っている。要するに要求する機能を限界まで作り込んだマシンで、シーズン中のアップデートが不要なマシンという事だ。実際、ブラウンGPのコメントでは、いついつ新しいフロントウィングを導入するとか、空力アップデートを行うとか言われているが、シーズンに入ってからのマシンに違いが見つけられない。逆に、ダブル・ディフェーザーの機能を弱めたり、フロントウィングがシーズン前のものより劣っているように見える部分があるだけだ。



さて、その他の空力についてだが、低重心化の所で書いたように、ステアリングロッドを隠すなどの細かな変更が行われているだろう。バトンのコメントの中に「(開発中に)ブラックリーを訪れると、技術者が「またダウンフォースが何%増えた」と喜んで報告に来た」というのがあった。ロス・ブラウンは、ダウンフォース、グラム当りいくらとか、重心1ミリ当りいくらと報奨金を掛けて開発させていたのかも知れない。



2009年マシンで禁止されたものにバージボードというものがある。詳しくは知らないがフロント・タイヤが引き起こす乱流を整流するための空力パーツらしい。CGを作っていて、ラジエーターへの空気取り込み口の下部分のえぐれの形状が、滑らかではなく、意味があるような形状のようであると思えた。ひょっとしたら、バージボードの機能をボディーに取り込んだのではと考えた。フロント・タイヤが引き起こす乱流は場所により異なる。もし、えぐれにバージボードの機能があるならば、乱流を消すため、複雑な形状になるはずである。効果として10%に満たなくとも、無いよりマシという考えだろう。また禁止されたカナードも、ミラーステーとして合法化しているし、サイドポッド前の小さな整流板も名称としては、横衝突に対する補強部品という名前であろう。


「抜け道」



F1規定をすり抜けて何かを付けたい場合の最も効果的な、いい訳は、「安全」というキーワードだ。凍結されたエンジンであれ、正当な理由、特に安全に関するものなら、構造変更が認められる。禁止された空力部品であっても、衝突時の安全を確保するための部品だったら装着できる。トヨタレッドブルのサイドポッド横の整流版も、補強部品だから許されている。チームから正式に申請のあった安全対策のための認可をFIAが拒否した場合、重大な事故があった場合の責任はFIAに向けられるので、技術的に問題があるという裏付けがあれば、反対も出来ない。ダブル・ディフェーザーだって後部衝突安全を確保するための補強部品としているから合法扱いになった訳だ。



もう1つ、同じ効果であれば、形状はシンプルな方がいいというのが一般的だが、F1の世界では、「禁止」されたら、別の形状で、同じ効果を生む物を探し、複雑で金がかかっても実現するという考えかたがある。



BGP001は、2009年に禁止された物の全てを別な形で再現し、装備しているマシンではないだろうか。効果は乏しくとも、0.0001秒を積み上げた地道なマシンである。